大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)207号 判決 1966年4月16日

理由

被控訴人が、控訴会社代表取締役川本直水振出名義の被控訴人主張のような要件の記載のある約束手形四通をその受取人四方繁太郎から支払拒絶証書作成義務免除の上裏書譲渡を受けその所持人として満期に支払場所においてこれを呈示し、その支払を求めたが拒絶されたことは当事者間に争がない。

被控訴人は右各手形は控訴会社代表取締役川本直水が自ら振り出した旨主張するが、これを認めるに足る証拠は何もなく、かえつて《証拠》によると次の事実が認められる。

控訴会社は本店を京都府亀岡市に置き保津川下り通船事業、料理旅館営業等を目的とする株式会社であつて、京聯自動車株式会社の子会社であるが、服部保夫は昭和二八年二月より同三四年五月二五日までは右会社の取締役に就任し、同二六年までは専務取締役、同二七年二月から同三四年五月二五日までは常務取締役の肩書の使用を許され、その間、同二六年から二七年二月までにかけての約一年位の間を除いて同三二年一〇月頃までは事実上控訴会社の営業全般の執行を担当し、代表取締役川本直水の記名印、印鑑の保管を託され、これを使用して約束手形を振り出す権限を有していた(本件各手形振出当時控訴会社の代表取締役が川本直水で、服部保夫はその頃から昭和三四年五月二五日まで常務取締役に就任し控訴会社の日常の業務を取扱つていたことは当事者間に争がない。)が、同三二年一〇月頃からは控訴会社の運転資金は専ら前記親会社から借入することになつたので、一部その権限の制限を受け服部において毎月一回、繁忙期には数回営業報告書、支払明細書などを携行して親会社に出向きそこの社長を兼ねていた川本直水の承認又は控訴会社専務取締役を兼任していた専務取締役川本保の承認を得、右承認を得た範囲において借入又は経費支払のため川本直水の委任に基きその頃から経理課長の手許に保管されていた代表取締役川本直水の記名印、印鑑を使用して約束手形を振り出していた。ところが服部は控訴会社の常務取締役に在任当時から丹波一の宮出雲大神宮の宮司をしていた関係で、同神社の復興資金や同神社の事業である金鉱開発資金を調達する目的を以て控訴会社名義の約束手形により他から金融を受けようと考え、かねて控訴会社の営業資金の調達のため控訴会社名義の約束手形により金融を受けていた四方繁太郎に対し本件各約束手形に記載の各振出日に前記経理課長の手許にあつた代表取締役川本直水の記名印、印鑑を使用して、右各手形をいずれも代表取締役の記名押印の代行方式により振り出し、それぞれその頃右四方にこれらを交付し、控訴会社の営業資金の調達の名の下に同人から金融を受けたこと。

以上の事実が認められる。当審証人川本保、服部保夫の各証言中右認定に反する部分は前顕各証拠に照してたやすく信を置き難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右の認定事実からすると、服部は自己の有する手形振出権限を超えて、控訴会社代表取締役の記名、押印を代理して本件各約束手形を振り出したものであつて、これを偽造したものでないというべきであるから、控訴人の右各手形は偽造のものであるとの主張は採用できない。

そこで被控訴人の商法第二六二条の主張につき検討する。

常務取締役等会社を代表する権限を有するものと認められる名称を与えられているいわゆる表見代表取締役が直接代表権を有する代表取締役の記名押印をして会社名義の約束手形を振り出した場合においても、手形受取人が表見代表取締役の代表権の欠缺につき善意であるときは、代表取締役が自己の氏名を直接手形面上に表示した場合と同様商法第二六二条により会社は手形金支払責任を負うものと解するのを相当とする(昭和四〇年四月九日最高裁第二小法廷判決、最高裁判例集第一九巻第三号六三三頁参照)ところ、既に見たとおり、本件各約束手形は、控訴会社から常務取締役の名称を与えられている代表権のない取締役服部が手形面上に直接代表取締役川本直水の記名押印をして四方繁太郎に振り出し交付したものであり、且つ控訴人の全立証によるも右四方において服部が控訴会社の代表権限、従つて本件各手形の振出権限を有していなかつたことを知つて右各手形を取得したと認めるに足る証拠はなく(もつとも当審証人四方繁太郎の証言によると、右四方は川本直水が控訴会社の取締役社長として現在することを知つていたことが窺えないことはないが、このような事実からただちに四方が服部の代表権の欠缺につき悪意であつたと即断することは許されない。)かえつて前記証人四方繁太郎の証言によると、控訴会社の前示の事業は服部の先代の創設に係り、巷間「服部の遊船か遊船の服部か」とまで称せられた程服部家と因縁浅からざる事業であり、四方は父清太郎が名目上ではあつたが取締役をしていた関係から控訴会社に出入し、服部が控訴会社の常務取締役として代表取締役川本直水の印を預りこれを使用して、資金繰を含めた控訴会社の業務全般の執行を担当していたことを知つていたこと、右四方は昭和三〇年頃から服部を通じて、右代表取締役の記名押印のある約束手形によりしばしば控訴会社に対し金融をしたことがあつたが、右手形はいずれも無事決済されてきていたこと、控訴会社からは、前示服部の権限の制限につき右四方に何等通知のなされていないこと、服部は四方に対し本件各手形により控訴会社の営業資金を調達するのが目的である旨を述べて、右各手形を交付したことが認められ、右事実からすると、四方は服部において控訴会社を代表する権限従つて本件各手形を振り出す権限を有していたものと信じながらこれを取得したものと認めるのが相当であるから、控訴会社は右四方に対して本件各手形金の支払責任がある。控訴人は四方が服部に右各手形振出の権限があつたと信じたにつき重大な過失がある旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない(もつとも、右四方において登記簿を調査すれば容易に服部の代表権の欠缺を発見し得た筈であるから、この点において軽過失があつたものと考えられないこともないこともないが、商法二六二条の規定は外観に信頼した第三者を保護することを目的とするものであるから、相手方の善意であつたことにつき過失の有無を問わないものと解するのを相当とする。)から、この点の控訴人の主張は採用できない。

以上の次第であるから、控訴会社は四方から裏書により本件各手形上の権利を取得した被控訴人に対し、被控訴人がその取得当時服部に振出権限がなかつたことを知つていたと否とにかかわらず、右各手形金の支払義務があるものといわねばならない。

されば被控訴人の本訴請求は、その他の争点の判断をするまでもなく、理由があること明らかであるから、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例